パラグアイに戦後移住した日系人たちの教えは意外にもシンプル

おだやんです!

アルゼンチンから北上し、世界一周19カ国目となるパラグアイへとやってきたおだやんとちょく。首都のアスンシオンから、まるで昭和な日本なイグアスの日本人居住区に来ました。

この日は泊まっていた日本人宿のオーナー園田さんご夫婦にこの地区を案内してもらうことに!移住した日系人たちの深い歴史を見てきました。

イグアス日本人居住区の日本人宿

イグアスの日本人居住区で泊まっているのは「ペンション園田」。街の郊外にある「民宿小林」と並んでパラグアイの二大日本人宿として有名な宿です。

でもペンション園田の方が日本人居住区にあるので、気軽に街を散策したい人にはおすすめです。

ここでは海外らしくないワンコが出迎えてくれます。

なんと正真正銘の秋田犬!海外で秋田犬が見られるとは。

 

そしてこちらがオーナーの園田さんご夫妻!

園田さんたちは子ども時代に、戦後の国策でパラグアイに移住した一世(二世とも言えそう)。パラグアイで主に農業の振興や技術指導をしながらゲストハウス経営をやられていて現地の日本人の中心的存在にもなっている。

「よく来たね、部屋を案内するよ〜」

と気さくに声をかけてくれた園田さんご夫妻。本当に優しいご夫婦で、まるでおじいちゃんおばあちゃんの家に遊びに行ったような温かさと懐かしさがあった。

部屋はドミ、ダブルと色々あった。

宿代はドミは一人35000グアラニー(=640円)、ダブルは一人で泊まると50000グアラニー (=900円)、二人で泊まると70000グアラニー (=1270円)。いずれにしても安い!

とりあえずダブルにした。

お世辞にも綺麗な宿とは言えないけど、田舎のおばあちゃん家みたいで懐かしさがある。

 

朝ごはんはおにぎり

翌朝起きると、園田さんのお母さんがおにぎりを持ってきてくれた。

なんとこの宿では、ウェルカムおにぎりというサービスがあるらしく、到着した旅人に必ずおにぎりを振舞ってくれるのだそう!なんという神がかったサービス!

おにぎりなんて・・・って思うかもしれないけど、パラグアイにやってくる日本人旅行者は(たぶん)9割くらいが長旅をしている人。そんな人にとって、長らく食べていないおにぎりが食べられるのは本当に嬉しい!

ラーメンとかカツ丼とかは大都市に行けば食べられるんだけどね。

 

さて、この日は園田さんが居住区を色々案内してくれるとのことで、色々連れて行ってもらった!

なんかもう家族でドライブしてる感じ。

ハンドルを握る園田さんから、戦後パラグアイに国策で移住した人たちの歴史を聞かせてもらった。

「畑が広くてのどかですね〜」

「ここ、もともと全部ジャングルだったんだよ〜全部俺たちが耕したんだから」

聞くと、この一帯の田畑ののどかな風景の裏には日本人移住者の過酷で涙ぐましい過去があるそう。

第二次世界大戦の前後、国が人口を支えきれなくなったこともあり日本政府は国策として「南米移住」を推し進めた。その結果、日本の大集団がブラジルやパラグアイ、ペルーなどに散らばったという。

でも、ヨソ者としてやってきた日本人割り当てられたのはただのジャングル。

スペイン語も分からないまま移住したものの、ろくな仕事もない。小さな子どもたちを食わせるためには自給自足しかない。畑を作ろうと、必死の思いでとにかく森を切り開いた。

「木の根っこなんて人間の力じゃビクともしないんだよ」

それでも仲間と力を合わせ、家畜も使い少しづつ畑を耕していった。

「耕すのも大変だったけど、それ以上に大雨が大変だったよね」

「でも雨って作物に欠かせないんじゃ?」

「毎年、全部雨で流されるんだよ。全部だよ。『あと少しで家族に食べさせてあげられる』って安心したのも束の間、全部流された時は、本当に悔しかったよね」

この一帯は、そもそも粘土質の土壌で水はけが悪く、また大地の起伏のないフラットな土地。雨が降ればすぐに浸水し、作物が一気にダメになることが続いたそう。

そこで園田さんをはじめとして、畑を耕さないでも栽培ができる「不耕起栽培」を取り入れパラグアイの農業の礎を築いていったんだそう。

この建物はイグアス居住区にあるイグアス農協。日本の各市町村にある農協と同じだけどここでは日本以上に本当に重要な存在なんだそう。

この農協を中心として畑作ができない大地に不耕起栽培を取り入れ、さらに日本から大豆を持ち込み栽培を始めた。

それが今やなんと、世界の大豆の生産高6位になるほど。園田さんをはじめとした日本人移住者の努力と苦労が、今やパラグアイを支える産業を築いたのだった。

開拓者精神、恐るべし。

 

そんな園田さんご夫婦が見せたい場所があるという。

連れてきてもらったのはイグアス居住区の近くにある、長さ70kmにも及ぶ巨大なリオ・イグアス湖。

「パラグアイって見るとこないでしょ?誰も来てくれないんだよね」

農業の根幹を築いた園田さんたちが次に見据えるのはこの国の観光産業だった。

南米の中でも観光資源の少ないパラグアイなんだけど、この地域は実はジャングルと水源に恵まれていて、野鳥をはじめとした生き物が集まる場所。

それを観光に結びつけ、地域をさらに活性化させようと、現在園田さんの息子さんらが中心となって、政府を巻き込み自然観察の拠点となる施設を作っているのだそう。

常に未来を切り開き続けてきた園田さんは僕たち夫婦にこんな言葉をくれた。

「僕たちが移住してきた時は本当につらい時期がたくさんあった。でもそれを乗り越えられたのは家族がいたからなんだよね。それに最後死ぬ前に自分に残るのは家族・一族だけなんだよ。だから産めるんだったら、たくさん子どもを産みなさい。家族が全てだからね」

移住してきた一代で森を切り開き、国を支えるまでの産業を生み出した人が大切に思っていることは、意外にもシンプルなことだった。

素敵な考え方だなあ。

帰り道、奥さんは一人ジャングルへ。山菜を採りに行ってました。笑

 

お次に向かったのはイグアス居住区の歴史が見れるミュージアム。

ここでは移住者たちの開拓の歴史、農業の歴史を知ることができる建物。

いろいろな展示物があって歴史を感じることができる。そしてその一点一点に園田さんが解説をくれる。

でもこうして案内してもらえるのは語り手となる園田さんたち世代が生きている間だけかもしれない。今、この地区は日本の田舎と同じく若者の流出が激しく、高齢化に悩まされているのだそう。

それでも日本のお祭りや文化を次の世代に渡そうと、頑張っていろんなイベントを毎年開催しているんだとか。

日本人以上に日本の伝統を大切にしているような気がした。

 

ペンション園田恒例のパーテイ

さて居住区を案内してもらった夜、園田さんの家にお邪魔した。

ペンション園田では、(タダではないけど)お願いすればなんとすき焼きを用意してくれるんです!!

バックパッカーの間で人気の「ペンション園田すき焼きパーティ」の開宴!

すき焼きなんていつぶりだろう。

しかもマロニーまで!マロニーなんて海外でどうやって手に入れてるんだ!日本でだって最近見ないのに!

美味しい!

そもそも日本以外の国だと、日本の醤油は売られていてもみりんや酒までは売ってない。だから親子丼とかカツ丼は作れても、すき焼きはなかなか作れない。

久々すぎて涙が出そうだ。

それにありがたいのはこれ。

生卵!

海外で生卵なんて絶対食べられないんだけど、ここは別。ちゃんと管理されているので安心だそうです。

「すき焼きはご馳走」

それは移住した日系人とその子孫たちにとっても、変わらない習慣なんだろうな。これほどまでに日本について考えながらすき焼きを食べたことはなかった。美味しかったな〜。

 

さて翌朝、イグアスの滝へ向かうため日本人居住区を発つ。

別れ際、最後まで笑顔で手をふってくれた園田さんご夫婦。本当に心優しくもたくましいご夫婦でした。ありがとうございました。

イグアスとの国境の街、シウダード・デル・エステに向かうバスの中で園田家で買った唐揚げ弁当をいただく。

ただの唐揚げとフライが乗った弁当なんだけど、ちゃんとしたおふくろの味。とてつもなく美味しかった。

日本以上に日本を感じられたイグアスの日本人居住区。ここは若者だけでなく、全ての日本人に行ってみて欲しいと思う。日本人ってなんなんだろうとか、日本人が大切にしなきゃいけないものが見えた場所。そういう意味で、ここはパラグアイの一番の観光地だと思った。

・・・

さて、お次はいよいよイグアスの滝があるアルゼンチン、プエルト・イグアスの街へ!

そこでまたしても美味しいアサードのお店を見つけてしまった!!肉肉肉肉!!続く!

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